家族ノマド

家族ノマドの移動日【コロナ禍】

Takeshi
Takeshi
家族ノマド歴4年の2児の父です。この記事では我が家がバンクーバーから日本に帰ってきた話をします。

今回の移動は過去1番トラブルがあったので、ブログ記事にしました。「家族ノマドも大変なんだな」と感じる記事になっています。

この記事は日記みたいになっているので、家族ノマドの有益な情報が知りたい人は以下のリンクからとんでください。

 

家を出る時のトラブル

僕達はバンクーバーに滞在していたのですが、急に日本に帰りたくなって、色々な手続きを済ませた後、出発が3日後の航空券をとりました。

Airbnbで滞在していたので、航空券に合わせて宿泊を伸ばしました。

Airbnb 1日単位で宿泊費日数を決めれるので、無駄な出費をせずにすむので、家族ノマドにはおすすめの宿泊方法です。

チェックアウトは10時だったのですが、大家さんに直接メールして、11時に変更してもらいました。その時間に合わせてUberを事前に予約しました。

Uberは、日本ではUbereatsしかサービスを提供していませんが、もともとは配車アプリでタクシーのように利用できます。

Uberは海外旅行好きなら、入れておくべきアプリです。アプリがあれば、Ubereatsと同様にサービスを提供している世界中の国で利用できます。

車が着いたと連絡が来たので、子供と荷物を持って、家を出ました。

ベビーカーに乗っている2人の娘をエレベーターに先に乗せた後、荷物を入れようとしたらドアが閉まってしまい、子供たちが中に取り残されることに。

しかも、ドアは開かないまま上の階へと移動していってしまった。

僕はすぐに一階に行き、子供たちが一階に降りてくることを待つことに。

フロントにセキュリティの中東系の男性がいたので、事情を説明して、エレベーターの監視カメラを見させてもらった。

子供達はアジア系の女性と共にいるのが確認できた。しかも一階に下がっているようなので、ひとまず安心した。

家族が再会した後、車に荷物をのせていると、さっきのセキュリティの人と妻がロビーで口論していた。

Police」という単語も僕の耳に入ってきた。

結局、話は平行線で口論が続いたまま車に乗り込んだ。

僕が車の中で妻から事情を聞くと、「こんなことするべきではない」とセキュリティから言われたので、言い返したらしい。

「誰もエレベーターに子供を残したいと思っている人はいないのに、そんなことを言われるなんて」と妻が続けた。

まっとうな意見だ。

僕の見解としては、そのセキュリティが嫌味を言うやつには見えなかったので、彼の英語に問題があったと思う。

カナダに移民してきた人は英語の細かいニュアンスまで理解していないので、だいたいで話している。

ボキャブラリーが少ないということだ。同じようなことは全て同じ文章で話す。

僕は英語が苦手なので、この喧嘩の原因がセキュリティの英語だったとは断定できないが、妻にたいしてムカつくことを言ったのは事実だ。

妻はこういった言動に敏感だ。アジア人女性は海外でなめられやすいと思っているので、妻はカナダにいる時はいつも戦闘態勢だ。

空港に着く頃にはなんとか怒りもおさまっていた。

 

空港でのトラブル

コロナ禍での渡航なので、万全を期して4時間前に到着した。空港でお昼ご飯もすませようと考えていた。

ANAのチェックインカウンターは出発の3時間前からしかオープンせず、コロナの影響で飲食店もフィッシュ&チップスの1店舗しか営業していなかった。

ガランとした空港で1時間待つことに。子供たちは広い空港を走り回っていて、それなりに楽しそうだった。

時間になり、チェックインカウンターでパスポートを提示すると、妻の名前の性と名が逆になっていて、予約の名前とパスポートが一致しないと言われた。

再び問題が発生した。

名前を変更するまで、発券できないということだ。ANAから直接航空券を購入した場合は、カウンターで変更可能だが、僕たちはエクスペディアで予約したので、エクスペディア経由でしか名前の変更はできないらしい。

ANAの人は「まだ時間もたっぷりあるので大丈夫でしょう」と言ってくれたので、さっそくエクスペディアに連絡をいれた。

日本のエクスペディアで予約していたので、Skypeの国際電話でかけたが、まさかの営業時間外。時差があるため、日本は早朝だった。

音声ガイダンスでは英語も選べたので、繋がってくれと願いながら、英語音声の回線に電話した。

営業時間外というアナウンスがなく、電話がコールセンターに繋がった。しかし保留が長く、全然電話にでない。

15分後にようやく電話から声がした。どうやら、訛りからしてインド系の女性だ。

要件を説明すると「上と確認すらからちょっと待って」というおなじみのやりとりを繰り返した。

最終的に「名前の変更ができたよ。最後の確認があるから、5-10分だけ切らないで待って」と言われた。

しかし20分以上経っても保留が続いている。待っている間に電話が切れてしまった。

Skypeの国際電話はインターネットに接続されていなければならないので、空港のwifiか弱くなって切れてしまった。

出発も1時間15分前に迫っていた。ANAの従業員からはもう待てないと言われたので、チェックインすることに。

名前の変更ができているか確認してみると、まだできていなかった。このままでは発券できないということで、妻の分だけ新しい航空券を購入することにした。

コロナの影響で変更する飛行機もないので、家族で帰るためには、新たに購入するほかなかった。

発券を済ませて、保安検査を通り出国ロビーへ。カナダは出国審査がないので、少しは楽。

しかし保安検査の間、下の子が泣きわめいて、地べたに座り込んでしまった。トラブルのせいで昼ご飯を与えるのを忘れていた。

無理やりベビーカーに乗せて、搭乗ゲートに向かった。歩いてる時にカウンターで対応してくれたANAの職員が「スーパーバイザーから君に電話がかかってきているよ」といってスマホを渡された。

スーパーバイザーの女性の用件は、航空券の名前の変更が確認できたから、新たに購入した航空券は無料でキャンセルしとく、という内容だった。

諦めていたのだが、エクスペディアの人が電話が切れた後も作業を続けてくれていたのだ。

僕たちはゲートに向かっている時に「エクスぺディアの女性の対応が遅かったからこんなことになった」と悪口を言っていた。

まさか搭乗10分前に問題が解決するとは思ってもみなかった。

搭乗口で名前の変更された航空券をもらい、なんとか飛行機に搭乗することができた。

 

飛行機の中は快適

今回はANAで帰国したので、快適な空の旅だった。

座席は1割も埋まっておらず、1番近い人でも4列以上離れていた。

いつもの飛行機とは違い、座席で子供も寝転がれるし、多少うるさくしても気にする必要はなかった。

僕と次女、妻と長女のペアで、通路を挟んで横並びに座っていた。

食事の時にCAさんから「お父さんはビールのおかわりいかがですか?」と言われるのは少し照れた。「お父さん」と呼ばれるのに、まだまだ慣れない。

乗客が少なく、何回もお酒のおかわりを聞きに来てくれるので、ついついお酒を飲みすぎてしまった。そのせいで少し頭が痛くなってしまった。

3歳長女はアニメを見させておけばジッとしているのだが、1歳次女を座り続けさせるのは不可能だった。

カナダに訪れる飛行機で、横に座っていた韓国人の母親が足元にブランケットを敷き、地べたで子供を遊ばせていた。

それを真似して、今回は僕も同じようにした。いつもなら周りの目を少しは気にしていたが、今回ばかりは気にする必要がない。

長女は0歳5ヶ月から年に2回は飛行機に乗っているのだが、次女ほど手間がかからなかった。次女は小さい怪獣だ。

子供は育て方ではなく生まれ持っての性格が、行動・言動に大きく影響すると実感している。

僕は競馬が好きで、馬の血統のことを少し勉強している。気性の荒い種牡馬の子供は気性が荒い子馬が生まれやすい。人間の性格・気性は遺伝なのだろう。

次女の世話をしながら、10時間のフライトでお酒を飲みながら映画を4作見れたので、まぁまぁ快適だったと言っていいだろう。

 

コロナ禍での日本入国

昼の3時半にバンクーバーを出発して、次の日の夜の6時半に羽田に到着した。

着いた時はバンクーバー時間では深夜なので、子供たちは眠っていた。かわいそうだが、起こして飛行機をおりた。

いつものことだが飛行機を降りるまで、ベビーカーがどこに運ばれているのかは分からない。降りてすぐのところに用意してくれる時もあるが、ベルトコンベアーでピックアップすることもある。

事前に指定していても、その通りになることは稀である。

今回はベルトコンベアーだった。子供を抱えるのは大変なので、ベビーカーを借りて、歩を進めた。

コロナ禍の帰国ということもあって、入国するまでに3つのチェックポイントがあった。

1つ目は、コロナ対策のアプリをインストールして、個人情報を登録しているかを確かめる場所だ。

バンクーバーの空港ではバタバタしていたので、アプリをインストールする時間がなかった。名前と生年月日以外の情報は同じなのに、住所や電話番号を一人一人入力しなければあらなかったので、時間がかかった。

2つ目は、PCR検査。軽い説明を受けてから、唾液を採取して検査員に渡した。かなりの量の唾液を採取する必要があったので、子供たちはできなかった。

代わりに細い綿棒を鼻の奥に入れて粘膜を採取する方法をすることになった。少しオエッとなりながらも、泣かずに検査を終えた。

3つ目は、滞在場所、移動手段の確認をするところ。そこで少し揉めた。

僕たちはカナダ出国前にコロナ検査を受けていなかったので、強制的に政府が確保するホテルに3日間隔離されることになっていた。

その隔離されている間に、次に自主隔離する場所を決めようと思っていたが、今すぐ決めてくれと言われた。

僕たちは日本に家がないので、次に滞在する場所はどこでもよかった。大阪の実家、東京、京都の3つ候補に絞っていたのだが、僕は気が変わりやすいのでギリギリまで決めたくなかった。

僕が「宿泊する隔離施設の職員に滞在する場所を伝える」と言っても、答えはあいまいな返答しか返ってこない。

多分、強制はできないのでモゴモゴしていて、僕たちが滞在先と移動手段を決めるまでは、先に進めない状況だった。

渋々、実家の住所を滞在先に決めて、東京から大阪までのレンタカーを予約した。飛行機、バス、新幹線などの公共の乗り物に乗れないので、移動手段はレンタカー、自家用車、ハイアーに限られていた。

滞在先の登録が終わり、少し待機していると、PCR検査の結果がでた。もちろん全員陰性。

入国審査にいくまでは、女性職員3人が前後につき、道を案内してくれた。

 

隔離施設への移動

入国審査を終えるとその女性職員達が待っていて、一緒に税関を通り空港ロビーへとでた。

そこで、SPみたいなスーツを来た男性達が待っていて、次は4人の男に囲まれながら送迎バスまで案内された。荷物をすべて職員の人たちが持ってくれたので、かなり楽だった。

どこかの国の大臣みたいな扱いを受けた気がした。

その時間帯は乗客より水際対策職員のほうが多かった。

送迎バスに案内されると、乗客は僕たちだけ。そのままバスが出発した。

隔離施設はアパホテル。まるまる隔離施設なっていて、当たり前だが普通の客はいない。

ホテルに着いた時、子供たちは寝たり起きたりを繰り返しているのでぐったりしていた。

そこで入居説明をうけて、やっと部屋に案内された。

部屋割りは僕が2人の娘と一緒の部屋で、妻が1人部屋。

部屋間の移動は一切できないので、3日間子供たちと一緒に過ごすことになる。

妻は子育てが苦手なので、子供と一緒に3日間過ごすとかなりストレスがたまるので、家庭平和を選んだ結果、こういう部屋割りになった。

ホテルに入ってすぐに娘とともにベットに倒れ込んだ。

長い1日半だった。

 

最後に

この記事は隔離生活中のアパホテルで書いています。

隔離生活はなかなか大変です。部屋は狭い。飯はまずい。部屋から一歩も外に出れない。

全て無料なので、文句は言えないが。

基本的に出前も禁止。唯一許されているものは、差し入れかUbereatsでのコンビニの商品を頼むことだ。

コンビニの商品と言っても、賞味期限が短いおにぎりや弁当などは禁止で、スナックやカップ味噌汁のみ。

それでも飯が不味すぎるので、ubereatsを2回頼んだ。

子供と3日間も狭い部屋で隔離されることは、いい経験とは呼べないものだ。

正直もうしたくない。

長々と読んでいただきありがとうございました。